ラージアンの君とキス

2章:生きるか死ぬか - 5 -

 食い入るようにディーヴァを見つめる夏樹に、天使のような美少女は悪戯めいた笑みで応えた。

「その代わり私が勝ったら、ラージアンの試合に夏樹も出てもらおうかな」

「え……?」

「ふふ、ブラジルを真似てサッカーフィールドを造ったんだ。後で皆で遊ぼうね」

 嫌な予感しかない。

「夏樹はもちろん、日本を応援するでしょ?」

「まぁ……」

 複雑な顔をしている夏樹の頬に、ディーヴァはペタンと日本の国旗シールを張りつけた。

「じゃあ、私はコートジボアールね」

 そういって、ディーヴァは自分の頬と、シュナイゼルの頬に国旗のシールを張りつけた。何だか面白くない。

「シュナイゼルもコートジボアールを応援するの?」

「私は……」

「ラージアンVS人間よ!」

 ディーヴァはビシッと夏樹を指差した。すごく人間くさい仕草だ。そして意味が判らない……。
 試合が始まると、夏樹も手に汗を掻きながら観戦を始めた。
 地球への帰還がかかっていると思うと、観戦する身にも力が入る。
 前半一六分で日本が先制点を決めると、思わず立ち上がってガッツポーズを決めた。

「きたぁ――っ!」

 敵対しているはずのディーヴァも、嬉しそうに立ち上って「きたぁ――っ!」と歓声を上げた。しかも腕を拡げて夏樹に抱きついてくる。何だか憎めない女王様だ。
 しかし、後半に入るとコートジボワールが攻勢を強め、日本は次第に追い込まれていった。

「ドログバが入ってから、流れが変わったようだ」

 シュナイゼルの言葉に頷かざるをえない。一対二で逆転負けすると、がっくりと肩を落とした。

「私の勝ちだね! じゃあ、夏樹に試合に出てもらうよっ」

 力なく項垂れる夏樹の隣で、ディーヴァは無邪気に笑う。
 苛立ちが芽生え、心は濁った。
 サッカーの試合結果で、地球に帰れるかどうかを左右されるなんて……どう考えても理不尽過ぎる。

 ――無茶苦茶だよ……。

 俯いて唇を噛みしめていると、シュナイゼルに肩を抱き寄せられた。彼もディーヴァと同じラージアンなのだと思うと、急に触れられるのが嫌になり、腕を跳ねのけて部屋を飛び出した。

「夏樹」

 シュナイゼルとディーヴァの声を無視して家の外へ飛び出したが、見知らぬ街並みを見て、自然と足は止まった。

 ――どこにも、行く所なんてない……。

「夏樹」

 シュナイゼルの声だ……。
 追い駆けてきてくれたのだと知って、ささくれ立った心は少しだけ潤った。
 しかし、素直に振り向けず、無言で立ち尽くす夏樹の肩に、シュナイゼルは優しく手を置いた。

「ディーヴァは、夏樹を気に入っている。彼女の発言は、夏樹を傷つけようとしたわけではない。一緒にいたいと思うから、さっきは賭けに勝って喜んだのだ」

「……」

 素直に頷く気にはなれなかった。
 ディーヴァは自分勝手で無神経だ。彼女は、不安で仕方ない夏樹の気持なんて、これっぽっちも理解していない。
 せめて、いつ帰してくれるのか……、それだけでも教えて欲しい。
 何だか泣きそうになり、力なくその場にうずくまった。

「夏樹……」

 不安と悲しみに押し潰されそうだ。ここには、夏樹の気持を判ってくれる地球人なんて、一人もいやしないのだ。
 小さく丸まっていると、シュナイゼルが傍で膝をつく気配がした。
 息を詰めてじっとしていると、シュナイゼルは夏樹の背中から覆いかぶさり、そっと広くて固い胸の中に引き寄せた。長いしっぽまでも夏樹を包み込むようにして、全身で慰めてくれる。

 ――私、子供みたいだ……。

「私にも抱かせて」

 ひんやりした身体にくるまっていると、場違いに明るいディーヴァの声が聞こた。
 天使のような美少女は、しゃがんで夏樹に目線を合わせると、無邪気な笑みを浮かべて夏樹の頬に優しく触れた。

「瞳が潤んでる」

「帰らせてよ……」

「そのうちね」

 ディーヴァはシュナイゼルから夏樹を受け取ろうとした。
 夏樹がシュナイゼルの首にしがみつくと、ディーヴァは命じる口調で「シュナイゼル」と名前を呼んだ。