ラージアンの君とキス

2章:生きるか死ぬか - 6 -

 夏樹を抱きしめる腕が、離される――。

「やだ……」

 小さく囁くと、シュナイゼルは片腕で夏樹を抱え直して立ち上り、ラージアンの女王から距離を置いた。

「すごいね、夏樹。シュナイゼルを支配しているの?」

「え?」

「私の命令より、夏樹を優先した。うーん、興味深いなぁ……」

 首をひねってディーヴァを見つめていると、意地悪い笑みを向けられた。

「でもね、ここでは私が一番だから。私がすっかり満足するまで、夏樹は絶対に地球に帰さないよ」

「……っ」

 絶望に襲われて、耐え切れずに涙を零した。はらはらと流れ落ちる雫を、ディーヴァが細い指で拭う。

「涙って綺麗だね」

「――ディーヴァ」

 シュナイゼルはいさめるように、女王の名を呼んだ。彼女は仕方なさそうに溜息をつくと、眼差しを和らげて夏樹を見つめた。

「言い換えれば、私が満足さえすれば、夏樹は地球に帰れるんだよ?」

「……」

「これから、ラージアンにサッカーをやらせたいと思うんだ。私は夏樹にも来てほしいけど……、どうする?」

 意地悪な聞き方ではなくて、夏樹の気持を推し量るような聞き方だった。
 夏樹は目元を乱暴に拭うと、シュナイゼルの腕の中で身をよじり、ディーヴァの目を見てはっきり答えた。

「行く」

 ディーヴァの表情がパァッと華やいだ。

「良かった! さっきのサッカー観戦の記憶は、全個体に共有しておいたから。皆、実際にボールを蹴ってみたくて、うずうずしているよ!」

 しかし、試合をするといっても、具体的にどうするのだろう……。
 いまいち想像できなかったが、巨大なスタジアムの前で降ろされた時、ディーヴァは本気なんだなと改めて実感した。
 巨大なスタジアムは、ブラジルに新設されたアレーナ・ダス・ドゥーナスそのものだった。
 本当に、ワールドカップを参考に造ったらしい。

「十万個体収容できる設計だよ。全員は入りきらないから、とりあえず先着順で中に入れた」

「へえ……?」

 相槌を打ちながら、不思議に思った。
 今のディーヴァの言い方だと、まるで中に既に人が……ラージアンが入っているみたいだ。
 中へ入ってみて、気絶しそうになった。

 ――な、何あれ……!?

 観客席は真っ黒に覆われていた。
 埋め尽くさんばかりのラージアン達が、隙間なく座っているではないか。
 本当に眩暈がして、くらりと倒れかけると、すかさずシュナイゼルが支えてくれた。

「夏樹」

「何で、こんなに……」

「観客いないと、つまらないし」

「それにしたって、多過ぎじゃ……」

「そぉ? あ、私たちはこっちね。専用の放送室だよ」

 ディーヴァは意気揚々とスタジアムの中へ入った。
 その後ろ姿を、シュナイゼルと一緒に追いかける。途中でシュナイゼルのように、スラリとした一体のラージアンに出会った。
 ディーヴァは無視して通り過ぎたが、彼はその後ろを騎士のように従い、歩き出した。

「カーツェは、ディーヴァを守る八体の近衛の一柱だ」

 夏樹の疑問を読んだように、シュナイゼルが教えてくれた。
 カーツェは、他の個体に比べて痩身だ。シュナイゼルのようにスレンダーな体躯をしている。それ以外では、他のラージアンとの違いはよく判らないが、たった八体しかいない近衛の一柱なのだから、何か秀でた能力があるのかもしれない。
 広々とした放送室に入ると、ディーヴァは当然のように真ん中に座り、その隣に夏樹を座らせた。夏樹の隣にシュナイゼルが座り、カーツェは部屋の後ろで騎士のように起立している。

「よーし、それじゃ早速始めようか。えーと……、先ず選手を決めないとね」

「そこから!?」

 思わず、全力で突っ込んでしまった。