ラージアンの君とキス
1章:ラージアンと私 - 6 -
ディーヴァと呼ばれた生物は、つるりとした黒い顔でじっと夏樹を見つめている……気がした。
額についている水色に光る楕円形が、さっきからチカチカと眩しいくらいに煌めいている。
何かしらの興味を抱いていることは間違いないが、ディーヴァもまた、他の連中同様、言葉を発しない。というよりも……、さっきから巧みに日本語を操るのは、シュナイゼルだけだ。
「あの……」
「何だ?」
「私は、どうすれば……」
エイリアンの女王の前に連れてこられたものの、何をすればいいのか判らない。
「ああ……、ちょうど、ディーヴァの解析が終わったようだ」
質問の答えになっていない……。
眉を顰めてシュナイゼルを見つめていると、前を見て、と言うようにディーヴァを指差した。
「あー、あー? どう?」
ぎょっとした。場違いな明るい少女の声で、ディーヴァは喋り出した。
「こんにちは。お元気ですか? 初めまして、夏樹。私は一億個体のラージアンの女王です」
「はじめ、まして……」
「ふふ、人間って小さい」
実に楽しそうな声だった。
禍々しい外見に反して、何だか友好的な態度である。夏樹はぎゅっと手を握りしめると、恐る恐る口を開いた。
「あの……、私はどうして、ここにいるのでしょうか?」
「それは、私が夏樹に興味を持ったからだけど……、そもそも私達ラージアンと最初に交信を望んだのは、地球人の方だよ」
「え?」
「少し前に、見知らぬ無人惑星探査機の信号を感知して解析してみたら、ここ、んー……、あなた達で言うところの、局部超銀団の局部銀河群の銀河系オリオン腕、太陽系第三惑星――地球を見つけたというわけ。探査機から、こんにちは。お元気ですか……っていうメッセージを受け取ったよ。友好的だなーと思って、時間に余裕も出来たことだし、遊びにきてみたの」
「地球から、発信されたんですか……?」
「そうだよ。一般にも公開されている計画みたいだよ? 地球人はボイジャー計画と呼んでいるんでしょ?」
聞いたことはある気がするが……、何だったか……。
要領を得ない夏樹の顔をみて、ディーヴァは親切に教えてくれた。
「地球の暦では、西暦一九七七年に打ち上げられた、太陽系の外惑星や、太陽系外の探査計画のことだよ。私達のような、地球外知的生命体に解読されることも、計画の一つとして期待されているみたいだよ。大成功だね! ラージアンの女王たる私が、五つものブラックホールを抜けて、はるばる会いに来たのだから」
そんなスケールの大きな話、夏樹にされても困る……。
それが本当なら、今世紀最大の発見なのではないだろうか。今すぐNASAに連絡した方がいい。
「この小型戦闘機は、世界中の大都市上空に密かに配置してあるんだ。その気になれば、今から三十秒も数えないうちに地球全土を制圧出来るけど、そんなことはしないから安心してね。いろんな場所で、人間を観察したかっただけだから……、それで夏樹に興味が湧いて、残ってもらうことにしたの!」
「興味……?」
「夏樹の傍にいた二個体から、あなたを案じる強い周波を感じた。交信器官もないのに、とても統率された意識だった。興味が湧いたの。異種族でも、コロニーの女王の素質はあるのかなって……、考えたら、何だかすごくわくわくしちゃって。つい、呼んじゃった。しばらく一緒に暮らして観察してみたい」
「暮らすって……、私が? ここで?」
「いいえ、ここじゃない。一億個体のラージアンが暮らす、私達の母艦(マザーシップ)で暮らすの」
「私、帰してもらえないんですか……?」
思わず泣きそうな声が出た。心臓がドキドキして痛い。
「そのうち、帰してあげるよ」
ディーヴァは口唇のない、線みたいな口をにっこりとさせた。不安で仕方がない。そのあやふやな言葉に、藁にも縋る思いで口を開いた。
「いつ、ですか……?」
「飽きたら、かなぁ」
今まで生きてきて、人並み以上に注目を集めたことも、興味を持たれたことも無かったのに。どうしてよりによって、得体のしれないエイリアンに興味を持たれてしまったのだ。
「わ、私、そんな面白い人間じゃないし……、話す相手を間違えていると思う。もっと他に、偉い科学者とか……」
「この惑星の科学に興味はないな。でも、娯楽には興味があるよ。あなた達は、身体戦闘能力は低いようだけれど、様々なゲームやスポーツで高度な戦いを繰り広げることが出来るんだね。試してみたい」
「試すって……?」
「例えば、サッカーをしてみたい。どの都市も、サッカーの話題で盛り上がっていたし。サッカーを通して、世界頂上を決するんでしょう?」
「まぁ、そうですね……」
そういえば、今週、ブラジルでFIFAワールドカップを開幕したばかりだ。世界中でヒートアップしていても、おかしくはない。
「私達の一番の娯楽はね、戦うことなの。さっきも、この惑星で一番強い生命体を、いろんな人間に聞いてみたけど、どれも大したことなかった」
「……?」
「あなた達の回答は、T.rexに、シャチに象だったね。同じ回答をした人間が他にもいたよ。ちなみに三つとも、もう試した。強化バイオ育成して戦ってみたけど、あっけなかったよ。この惑星のあらゆる戦闘能力は、ラージアンに遠く及ばないみたいだから、それはもういいや。でも娯楽的な戦闘なら楽しめそう。夏樹にも付き合ってほしいな」
「付き合うって……」
「今、サッカーフィールドを母艦に造っている最中だから、完成したら一緒に遊ぼ。夏樹は審判して」
「えぇっ!?」
無理だ。無理すぎる――。
サッカーのルールなんて、全然判らない。そもそも何人でプレイするかも知らないのに、とても審判なんて出来っこない。
というか、このまま母艦とやらに連れて行かれてしまうのだろうか。
額についている水色に光る楕円形が、さっきからチカチカと眩しいくらいに煌めいている。
何かしらの興味を抱いていることは間違いないが、ディーヴァもまた、他の連中同様、言葉を発しない。というよりも……、さっきから巧みに日本語を操るのは、シュナイゼルだけだ。
「あの……」
「何だ?」
「私は、どうすれば……」
エイリアンの女王の前に連れてこられたものの、何をすればいいのか判らない。
「ああ……、ちょうど、ディーヴァの解析が終わったようだ」
質問の答えになっていない……。
眉を顰めてシュナイゼルを見つめていると、前を見て、と言うようにディーヴァを指差した。
「あー、あー? どう?」
ぎょっとした。場違いな明るい少女の声で、ディーヴァは喋り出した。
「こんにちは。お元気ですか? 初めまして、夏樹。私は一億個体のラージアンの女王です」
「はじめ、まして……」
「ふふ、人間って小さい」
実に楽しそうな声だった。
禍々しい外見に反して、何だか友好的な態度である。夏樹はぎゅっと手を握りしめると、恐る恐る口を開いた。
「あの……、私はどうして、ここにいるのでしょうか?」
「それは、私が夏樹に興味を持ったからだけど……、そもそも私達ラージアンと最初に交信を望んだのは、地球人の方だよ」
「え?」
「少し前に、見知らぬ無人惑星探査機の信号を感知して解析してみたら、ここ、んー……、あなた達で言うところの、局部超銀団の局部銀河群の銀河系オリオン腕、太陽系第三惑星――地球を見つけたというわけ。探査機から、こんにちは。お元気ですか……っていうメッセージを受け取ったよ。友好的だなーと思って、時間に余裕も出来たことだし、遊びにきてみたの」
「地球から、発信されたんですか……?」
「そうだよ。一般にも公開されている計画みたいだよ? 地球人はボイジャー計画と呼んでいるんでしょ?」
聞いたことはある気がするが……、何だったか……。
要領を得ない夏樹の顔をみて、ディーヴァは親切に教えてくれた。
「地球の暦では、西暦一九七七年に打ち上げられた、太陽系の外惑星や、太陽系外の探査計画のことだよ。私達のような、地球外知的生命体に解読されることも、計画の一つとして期待されているみたいだよ。大成功だね! ラージアンの女王たる私が、五つものブラックホールを抜けて、はるばる会いに来たのだから」
そんなスケールの大きな話、夏樹にされても困る……。
それが本当なら、今世紀最大の発見なのではないだろうか。今すぐNASAに連絡した方がいい。
「この小型戦闘機は、世界中の大都市上空に密かに配置してあるんだ。その気になれば、今から三十秒も数えないうちに地球全土を制圧出来るけど、そんなことはしないから安心してね。いろんな場所で、人間を観察したかっただけだから……、それで夏樹に興味が湧いて、残ってもらうことにしたの!」
「興味……?」
「夏樹の傍にいた二個体から、あなたを案じる強い周波を感じた。交信器官もないのに、とても統率された意識だった。興味が湧いたの。異種族でも、コロニーの女王の素質はあるのかなって……、考えたら、何だかすごくわくわくしちゃって。つい、呼んじゃった。しばらく一緒に暮らして観察してみたい」
「暮らすって……、私が? ここで?」
「いいえ、ここじゃない。一億個体のラージアンが暮らす、私達の母艦(マザーシップ)で暮らすの」
「私、帰してもらえないんですか……?」
思わず泣きそうな声が出た。心臓がドキドキして痛い。
「そのうち、帰してあげるよ」
ディーヴァは口唇のない、線みたいな口をにっこりとさせた。不安で仕方がない。そのあやふやな言葉に、藁にも縋る思いで口を開いた。
「いつ、ですか……?」
「飽きたら、かなぁ」
今まで生きてきて、人並み以上に注目を集めたことも、興味を持たれたことも無かったのに。どうしてよりによって、得体のしれないエイリアンに興味を持たれてしまったのだ。
「わ、私、そんな面白い人間じゃないし……、話す相手を間違えていると思う。もっと他に、偉い科学者とか……」
「この惑星の科学に興味はないな。でも、娯楽には興味があるよ。あなた達は、身体戦闘能力は低いようだけれど、様々なゲームやスポーツで高度な戦いを繰り広げることが出来るんだね。試してみたい」
「試すって……?」
「例えば、サッカーをしてみたい。どの都市も、サッカーの話題で盛り上がっていたし。サッカーを通して、世界頂上を決するんでしょう?」
「まぁ、そうですね……」
そういえば、今週、ブラジルでFIFAワールドカップを開幕したばかりだ。世界中でヒートアップしていても、おかしくはない。
「私達の一番の娯楽はね、戦うことなの。さっきも、この惑星で一番強い生命体を、いろんな人間に聞いてみたけど、どれも大したことなかった」
「……?」
「あなた達の回答は、T.rexに、シャチに象だったね。同じ回答をした人間が他にもいたよ。ちなみに三つとも、もう試した。強化バイオ育成して戦ってみたけど、あっけなかったよ。この惑星のあらゆる戦闘能力は、ラージアンに遠く及ばないみたいだから、それはもういいや。でも娯楽的な戦闘なら楽しめそう。夏樹にも付き合ってほしいな」
「付き合うって……」
「今、サッカーフィールドを母艦に造っている最中だから、完成したら一緒に遊ぼ。夏樹は審判して」
「えぇっ!?」
無理だ。無理すぎる――。
サッカーのルールなんて、全然判らない。そもそも何人でプレイするかも知らないのに、とても審判なんて出来っこない。
というか、このまま母艦とやらに連れて行かれてしまうのだろうか。