ラージアンの君とキス

3章:宇宙戦争 - 5 -

 うずくまって、痛みを堪えていると、わらわらと周囲にラージアンが集まってきた。

「大丈夫か、ナツキ」

「眠いのか、ナツキ」

「痛いのか、ナツキ」

 たどたどしい発音で、名前を呼ばれる。たまに見当違いの心配をしているラージアンもいるが、概ね夏樹の身を案じてくれている。マイクを通して、夏樹を呼ぶディーヴァの声も聞こえた。
 平気だよ、と答えたいところだが……、苦しくて声にならない。
 芝生に頬をつけてうめいていると、視界の端にラージアンの爪先が映った。
 先の尖った軍靴を履いているような、いかにも堅強そうな脚だ。確かに、この脚で力いっぱい蹴ったら、ボールに穴が開きそうだ。しっぽの側面で蹴るくらいが、パスワークにちょうどいいかのかもしれない……。

「夏樹」

 足元に跪いたのは、シュナイゼルだった。夏樹の乱れた髪を、そっと撫でてくれる。

「平気……」

 ようやく起き上がって周囲を見渡すと、思わず笑みを浮かべた。全員が、心配そうに額の信号を薄紫に染めていたのだ。彼等は確かに凶暴だが……、根は優しいのかもしれない。

「大丈夫、続けようか」

 フィールドに立つ審判は、岩も同然の扱いだ。例えボールが当たっても、何事もなかったかのように試合は続行される。
 しかしさっきはフィールドに転がっていたので、本当はロスタイムにカウントするべきなのかもしれない。判断に迷うところだが、誰も気にした様子はないので、夏樹も倒れた場所からフリーキックするよう指示を出した。
 ホイッスルを鳴らして、ゲーム再開。
 目にも止まらぬスピードでボールが飛び交い、ラージアン同士がぶつかる度に、ギィンッと、まるで金属がぶつかったような硬質な音が響く。
 ラージアンの恐るべき身体能力は、サッカーをアクロバットな戦闘スポーツへと変えていた。
 もはや夏樹の知っているサッカーとは、別のスポーツだ。
 ピィ――ッ!
 頑丈な彼等だが、過度な衝突が起きた時には、ホイッスルを鳴らさざるをえなかった。

「レッドカード!」

「何故だ、ナツキ」

「今、明らかに殴ったでしょう!?」

 勇気を振り絞って指摘すると、ラージアンは不満そうに喉を鳴らした。

「いけないのか?」

「いけないの! 絶対に駄目! 暴力はNGです!」

 夏樹が叫んだ途端、観客からブーイングが起きた。夏樹が責められているみたいだ。怯んで後じさると、肩を大きな手に引き寄せられた。

「シュナイゼル……」

 額の信号が威圧的な深い紫に変色している。
 すぅ……と空気が冷えると、騒がしかったラージアン達は一様に大人しくなった。密かに一喝してくれたのかもしれない。
 さっきからこうして、何度も助けてくれる。本当に頼りになる。彼の協力がなければ、この危険極まりないサッカーは五分もまともに続けられないだろう。

「夏樹、続けられるか?」

「止めていいなら、止めたいけど……」

『はいはい、皆お行儀よくねー! さ、続けて!』

 ディーヴァの無邪気な声がフィールドに響き渡り、夏樹は苦笑いを浮かべた。

「だってさ……」

 誰にもディーヴァを止めることは出来ないのだ。
 試合は続行。広いコートを走り周り、前半四五分の間に、イエローカードを二十枚、レッドカードを八枚も出した。ほぼ全ての選手に注意をしたことになる。
 どういうことだ。
 こんな殺伐としたサッカーは聞いたことがない。
 前半が終わって改めてフィールドを眺めてみると、ところどころえぐれて穴が開いていた。爆撃でも受けたかのような有様だ。

 ――いや、間違ってない。まるで戦場だよ……。

「夏樹」

「うん。生きてる……、何とか生きてる……」

 ベンチに座り、俯いたまま力なく手を上げて応えた。シュナイゼルは隣に座ると、励ますように肩を抱きしめてくれた。
 その瞬間、もう勘弁して欲しいと、彼に泣きつきたくなった。

 ――ううん。頑張れ、私! あと四五分の辛抱だ。

 どうにか自分に言い聞かせてシュナイゼルと離れると、よろめきながらフィールドに向かった。

「夏樹」

 可愛らしい女の子の声に、目を丸くして振り向くと、リリアンが立っていた。

「リリアン!」

「試合、見ていて面白かったです。後半も頑張って」

 肩をぽんと叩かれて、歓喜が胸に広がった。
 一瞬、静電気のような衝撃を感じたけれど、そんなことどうでもいい。嫌われていると思っていた相手から、予想外の好意を示されて、疲れも忘れて満面の笑みで応えた。

「ありがとうっ!」