ラージアンの君とキス

3章:宇宙戦争 - 7 -

 シュナイゼルの腕の中で泣き続けるうちに、次第に眠くなってきた。しかし、このまま寝てしまうのは、いくら何でも恥ずかしい。いくらか冷静になると、おずおずと身体を離した。

「ごめん……」

 シュナイゼルは夏樹の赤くなった目元を優しく撫でた。さっきからずっと、額の信号は淡い紫色をしている。心配だよ……、そう言っているみたいだ。

「普段は、こんなに泣かないんだよ……」

 照れ臭くて誤魔化すように視線を逸らすと、目元をさする指が頬を包み込んだ。勇気を出して目線を合わせると、笑みを浮かべて勢いよく口を開いた。

「今度ディーヴァに会ったら、もう審判なんてやらないって言ってやるんだ!」

「彼女も夏樹を心配している。明日も試合が行われるが、その前に夏樹の元を訪れると言っていた」

「明日もやるんだ……。ラージアンって自由だよね。働いたり、学校行ったりしなくていいんだもん」

 攫われた当初こそ、彼等は恐怖そのものだったが、コロニーへ来てからというものの、ラージアン達の娯楽に興じる姿しか見ていない。特にディーヴァは、全力で趣味を謳歌しているように見える。
 彼等はとにかく強くて、接触しただけで全身ボロボロにされたが、最初に抱いていたような未知なるものへの恐怖はもう感じていない。リリアンの件は一先ず置いておいたとして……、傍にいてくれるシュナイゼルはとても優しいし、ラージアンに対する印象は、すっかり変わってしまった。

「今は、宇宙遊泳しているようなものだが、近いうちにクーデター征圧に向けて出撃する」

 いきなり不穏な発言をされて、思わずシュナイゼルの顔を見た。

「夏樹が倒れている間に、アートゥラ銀河の恒星惑星ベガのテロリストが、女王認可自治惑星ザザに総攻撃を仕掛けようとしていると、銀河政府から連絡が入った。ディーヴァは救助要請に応えるだろう」

 ――銀河政府!?

「アートゥラ銀河って、どこ?」

「地球では観測できない距離にある。百四〇億光年の更に彼方の銀河だ」

「それって……、光の速さで百四〇億年かかるってこと? どうやって、そんなところに行くの?」

「ブラックホールを中継して行く。最初に通るのは、地球から見て約六千光年の彼方にあるCygX-1の伴星だ」

「え……、通れるの?」

 ブラックホールと言えば、一度吸い込まれたら最後、光すら逃げ出せないと聞いたことがある。そんなところへ入って、大丈夫なのだろうか……。

「心配はいらない。我々ラージアンはあらゆる宇宙域を自由に行き来する、オーバーテクノロジーを有している。時間も重力も無視して、別次元に一瞬で抜ける」

「ちゃんと、私の知っている地球に帰れるんだよね……?」

 地球に帰ってみたら別世界でした――では困る。青褪める夏樹を見て、シュナイゼルは安心させるように頷いた。

「問題ない」

 本当だろうか……。不安そうにしていると、シュナイゼルは更に言葉を続けた。

「確かに……、夏樹の知っている相対性理論では、重力が強くなると時間の進み方は遅れるとされている。ブラックホールの外と中で時間の進み方の違いは、地平面で無限大に大きくなる。特異点を抜けて再び戻る頃には、地球では途方もない時間が過ぎ去ることになるが……、実際はそうはならない。理由を知りたいか?」

「ううん、いい……」

 夏樹をアインシュタインと同等に考えないで欲しい。既に頭が痛いのに、解説されたところで、理解出来ない自信があった。

「オーバーテクノロジーの共有は、銀河法廷の規約に触れることになるが……、夏樹が安心するのであれば、教えても構わない。いずれにせよ、地球に戻れば夏樹の記憶は消去される。問題ないだろう。そもそも光速度不変の原理は……」

 絶句した――。
 シュナイゼルは夏樹を安心させようと、言葉を続けているが……、夏樹の耳には聞こえなかった。

 ――地球に戻ったら、記憶を消されるんだ……。

 全て忘れてしまうのだろうか。
 コロニーで過ごした日々も、ラージアンのことも、ディーヴァのことも、そして、シュナイゼルのことも……。

「――夏樹?」

「……」

 シュナイゼルはさっき、当たり前のように、記憶は消去されると言った。
 夏樹がシュナイゼルのことを忘れてしまっても……、彼は平気なのだろうか。

 ――少しも、寂しいなんて思わない……?

 ツキンと胸が痛み、驚いて目を見開いた。

 ――私、傷ついている……?

 夏樹がおかしいのだろうか。
 あんなに地球に帰りたいと思っていたのに。
 さっきも、地球が恋しくて子供みたいに泣いたばかりだ。
 だけど……、シュナイゼルと二度と会えなくなるのかと思うと……胸が痛くなる。寂しい……。

「夏樹?」

「何でもない……」

 心配そうに夏樹を見つめるシュナイゼルに、かろうじて笑みを返した。
 寂しい、なんて感じてはいけないのだ。
 今から、覚悟しておかないと。シュナイゼルと、ずっと一緒にはいられないのだから――。