ラージアンの君とキス
3章:宇宙戦争 - 9 -
ラージアンカップが終わり、手持無沙汰になった夏樹は夕涼みしようと、家の前にあるベンチで夜空を見上げていた。
頭上には落っこちてきそうな、美しい満点の星空が見える。CGではなく本物の宇宙だ。コロニーでは夜になると天井部を覆う巨大なホログラフィーが消えて、宇宙そのものを見ることが出来るのだ。
夜空には、信じられない大きさの土星が浮いて見える。迫力満点だ。
くっきりとした土星の輪を眺めていると、シドが様子を見にやってきた。
「ナツキ。元気がないな?」
「そんなことないよ」
「いいや。気落ちしている周波を感じる」
「……気付かないふりをするのも、時には優しさなんだよ」
「何故だ。力になりたい」
偽りのない真っ直ぐな言葉に、思わず笑みを浮かべた。シドは優しい。リリアンは別として、シュナイゼルといい、ラージアンは紳士のように優しい者が多い気がする。
隣に座る大きなシドに、甘えるようにもたれかかった。
「シドは真っ直ぐだね。私も、そんな風に言えたらいいのに」
「何をだ?」
「教えてもいいけど……、シュナイゼルには、言わないでくれる? ラージアン達に共有もなしで……」
「判った」
「最初はすごく恐かったけど、今はシドのことも、ディーヴァのことも、シュナイゼルのことも……、好きなんだ。もちろん、地球に帰りたいんだけど、最近、皆とお別れすることを考えると寂しくて……」
「俺も、夏樹がいなくなると寂しい」
シドの言葉が、胸に刺さった。
「寂しいって、思ってくれる?」
「思うさ。皆、そう思ってる」
「でも、シュナイゼルは……」
平然と、記憶は消去される……なんて言ったのだ。視界が潤みかけると、大きな手が頭の上に乗せられた。
「泣くな」
「泣いてないよ」
「寂しいなら、ここに残ればいい。女王も喜ぶ」
夏樹は力ない笑みを浮かべた。
「皆と離れるのは寂しいけど……、地球が恋しいんだ」
「地球がいいのか」
「うん……」
「地球のどんなところが、好きなんだ?」
「全部だよ。家族も友達もいるし……、ここに比べたら不便だけど、コンビニあるし、青空も、家の前の公園も、自分の散らかった部屋も……、全部懐かしい。大切なんだよ」
「たくさんあるんだな」
「うん……」
「故郷を想う気持ちは判る」
「ラージアンはここが故郷だって、前にシュナイゼルは言ってた。宇宙じゃなくて、大地で暮らそうとは思わないの?」
「我々は元々、戦う為に造られた生物兵器だからな。遺伝子改良と世代交代を繰り返した今も、その本質は変わらない。安らぎよりも闘いを求めている。だから女王も、どれほど銀河を制圧しても、満足しないんだ」
「皆強いもんね……」
彼等がとても強くて、素晴らしい科学を手にしていることは知っている。それから、勝負ごとや戦いが大好きなことも。
「ナツキ、帰ってしまうのか」
「……っ」
ぐっと言葉につまった。……ここに残りたい。いや、地球に帰りたい。合反する気持ちが苦しい。
「泣くな」
「泣いてないよ」
ふっと力ない笑みが零れた。いつから、彼等の傍がこんなに居心地よくなってしまったのだろう。こんな風に、迷ったりするはずじゃなかったのに……。
「夏樹」
「――っ」
シュナイゼルの声だ。
シドに寄り掛かっていた身体をパッと起こして、慌てて振り向くと、シュナイゼルがこちらをじっと見つめた。
「――シド。何故、知らせない」
いつもよりも低い、シュナイゼルの声に不安を覚えた。
よく判らないが……、もしかして、さっき夏樹が共有しないで、とお願いしたせいだろうか。シドにとって不味いことが起きているのだろうか。
「相談に乗っていただけだ。俺も心配している」
シドは夏樹の肩を引き寄せた。シュナイゼルの額の信号が、濃い紫に変色した。何だか怒っているみたいで怖い……。
「あの……」
「夏樹」
シュナイゼルに呼ばれて、夏樹はおずおずと近づいた。シドの手が肩から滑り落ちる。優しい友達を見上げて、ありがとうと視線で伝えると、どういたしまして、というように頷いてくれた。
「夏樹」
急かすようにもう一度呼ばれて、シュナイゼルの傍へ駆け寄ると、腕を取られて引き寄せられた。いつものように、片腕に抱きかかえられて、宙を滑るように飛行を始める。
家までの短い距離だったが、沈黙をやけに重苦しく感じた。
お休みと告げて、家に入ろうとする夏樹を、シュナイゼルは珍しく引き留めた。
「夏樹。ここ最近……、気落ちしていることは知っている。皆、心配している。もちろん、私もだ」
「ごめん……」
「謝ることはない。無理に聞き出すつもりはないが……、シドにどんな相談を?」
「え……」
「私は夏樹を守れなかった。こんなことを聞く資格は、もうないのかもしれないが……」
「そんなことない! その……、シュナイゼルは、いつだって私を守ってくれたよ」
「シドに話すことで、夏樹の気が休まるならいい……。だが、どうしても気になる。私には、話せないことなのだろうか?」
――だって、シュナイゼルのことなんだもん……。
けれど、こうして心配してくれるということは、夏樹のことを一時の関係ではあれ、少しは大切に想ってくれているのだろうか。
「地球に帰ること考えたら……、少し寂しくなっただけだよ」
誤魔化すように笑みを浮かべたが、嘘を言っているわけではない。シュナイゼルは夏樹の心を推し量るように沈黙した。
「それで……、シドは何て?」
「え?」
「夏樹は、シドと離れるのが寂しいのか?」
どうしてそうなるのだろう。もちろんシドと会えなくなることは寂しいが……。
「どうなんだ?」
「シドだけじゃないよ、ディーヴァも、シュナイゼルも……、会えなくなるって考えたら、寂しいよ」
今度はシュナイゼルが沈黙した。どう思っているのか、すごく気になる。
「シュナイゼルは……?」
「――私も寂しい、夏樹」
心臓がドクンと音を立てた。
嬉しい。寂しい。そして……。急速に膨れ上がる気持ちに、蓋をしなければならなかった。
――自覚しちゃだめ、後で絶対苦しむ……。言葉にしてもだめ。
それでも目頭は勝手に熱くなり、感情が溢れて唇は戦慄 いた。ぽろりと涙が零れる寸前、シュナイゼルに腕を引かれた。
切なさを噛みしめながら、硬い胸に頬を寄せる。
――やっぱり、少しずつ距離を置こう……。これ以上、彼に依存したら、離れた時のダメージが、救いようのないほど大きくなってしまう……。
そう思った傍から、離れ難くておずおずと硬い背中に腕を回した。
――もう、手遅れかもしれないけど……。
頭上には落っこちてきそうな、美しい満点の星空が見える。CGではなく本物の宇宙だ。コロニーでは夜になると天井部を覆う巨大なホログラフィーが消えて、宇宙そのものを見ることが出来るのだ。
夜空には、信じられない大きさの土星が浮いて見える。迫力満点だ。
くっきりとした土星の輪を眺めていると、シドが様子を見にやってきた。
「ナツキ。元気がないな?」
「そんなことないよ」
「いいや。気落ちしている周波を感じる」
「……気付かないふりをするのも、時には優しさなんだよ」
「何故だ。力になりたい」
偽りのない真っ直ぐな言葉に、思わず笑みを浮かべた。シドは優しい。リリアンは別として、シュナイゼルといい、ラージアンは紳士のように優しい者が多い気がする。
隣に座る大きなシドに、甘えるようにもたれかかった。
「シドは真っ直ぐだね。私も、そんな風に言えたらいいのに」
「何をだ?」
「教えてもいいけど……、シュナイゼルには、言わないでくれる? ラージアン達に共有もなしで……」
「判った」
「最初はすごく恐かったけど、今はシドのことも、ディーヴァのことも、シュナイゼルのことも……、好きなんだ。もちろん、地球に帰りたいんだけど、最近、皆とお別れすることを考えると寂しくて……」
「俺も、夏樹がいなくなると寂しい」
シドの言葉が、胸に刺さった。
「寂しいって、思ってくれる?」
「思うさ。皆、そう思ってる」
「でも、シュナイゼルは……」
平然と、記憶は消去される……なんて言ったのだ。視界が潤みかけると、大きな手が頭の上に乗せられた。
「泣くな」
「泣いてないよ」
「寂しいなら、ここに残ればいい。女王も喜ぶ」
夏樹は力ない笑みを浮かべた。
「皆と離れるのは寂しいけど……、地球が恋しいんだ」
「地球がいいのか」
「うん……」
「地球のどんなところが、好きなんだ?」
「全部だよ。家族も友達もいるし……、ここに比べたら不便だけど、コンビニあるし、青空も、家の前の公園も、自分の散らかった部屋も……、全部懐かしい。大切なんだよ」
「たくさんあるんだな」
「うん……」
「故郷を想う気持ちは判る」
「ラージアンはここが故郷だって、前にシュナイゼルは言ってた。宇宙じゃなくて、大地で暮らそうとは思わないの?」
「我々は元々、戦う為に造られた生物兵器だからな。遺伝子改良と世代交代を繰り返した今も、その本質は変わらない。安らぎよりも闘いを求めている。だから女王も、どれほど銀河を制圧しても、満足しないんだ」
「皆強いもんね……」
彼等がとても強くて、素晴らしい科学を手にしていることは知っている。それから、勝負ごとや戦いが大好きなことも。
「ナツキ、帰ってしまうのか」
「……っ」
ぐっと言葉につまった。……ここに残りたい。いや、地球に帰りたい。合反する気持ちが苦しい。
「泣くな」
「泣いてないよ」
ふっと力ない笑みが零れた。いつから、彼等の傍がこんなに居心地よくなってしまったのだろう。こんな風に、迷ったりするはずじゃなかったのに……。
「夏樹」
「――っ」
シュナイゼルの声だ。
シドに寄り掛かっていた身体をパッと起こして、慌てて振り向くと、シュナイゼルがこちらをじっと見つめた。
「――シド。何故、知らせない」
いつもよりも低い、シュナイゼルの声に不安を覚えた。
よく判らないが……、もしかして、さっき夏樹が共有しないで、とお願いしたせいだろうか。シドにとって不味いことが起きているのだろうか。
「相談に乗っていただけだ。俺も心配している」
シドは夏樹の肩を引き寄せた。シュナイゼルの額の信号が、濃い紫に変色した。何だか怒っているみたいで怖い……。
「あの……」
「夏樹」
シュナイゼルに呼ばれて、夏樹はおずおずと近づいた。シドの手が肩から滑り落ちる。優しい友達を見上げて、ありがとうと視線で伝えると、どういたしまして、というように頷いてくれた。
「夏樹」
急かすようにもう一度呼ばれて、シュナイゼルの傍へ駆け寄ると、腕を取られて引き寄せられた。いつものように、片腕に抱きかかえられて、宙を滑るように飛行を始める。
家までの短い距離だったが、沈黙をやけに重苦しく感じた。
お休みと告げて、家に入ろうとする夏樹を、シュナイゼルは珍しく引き留めた。
「夏樹。ここ最近……、気落ちしていることは知っている。皆、心配している。もちろん、私もだ」
「ごめん……」
「謝ることはない。無理に聞き出すつもりはないが……、シドにどんな相談を?」
「え……」
「私は夏樹を守れなかった。こんなことを聞く資格は、もうないのかもしれないが……」
「そんなことない! その……、シュナイゼルは、いつだって私を守ってくれたよ」
「シドに話すことで、夏樹の気が休まるならいい……。だが、どうしても気になる。私には、話せないことなのだろうか?」
――だって、シュナイゼルのことなんだもん……。
けれど、こうして心配してくれるということは、夏樹のことを一時の関係ではあれ、少しは大切に想ってくれているのだろうか。
「地球に帰ること考えたら……、少し寂しくなっただけだよ」
誤魔化すように笑みを浮かべたが、嘘を言っているわけではない。シュナイゼルは夏樹の心を推し量るように沈黙した。
「それで……、シドは何て?」
「え?」
「夏樹は、シドと離れるのが寂しいのか?」
どうしてそうなるのだろう。もちろんシドと会えなくなることは寂しいが……。
「どうなんだ?」
「シドだけじゃないよ、ディーヴァも、シュナイゼルも……、会えなくなるって考えたら、寂しいよ」
今度はシュナイゼルが沈黙した。どう思っているのか、すごく気になる。
「シュナイゼルは……?」
「――私も寂しい、夏樹」
心臓がドクンと音を立てた。
嬉しい。寂しい。そして……。急速に膨れ上がる気持ちに、蓋をしなければならなかった。
――自覚しちゃだめ、後で絶対苦しむ……。言葉にしてもだめ。
それでも目頭は勝手に熱くなり、感情が溢れて唇は
切なさを噛みしめながら、硬い胸に頬を寄せる。
――やっぱり、少しずつ距離を置こう……。これ以上、彼に依存したら、離れた時のダメージが、救いようのないほど大きくなってしまう……。
そう思った傍から、離れ難くておずおずと硬い背中に腕を回した。
――もう、手遅れかもしれないけど……。